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高知家庭裁判所安芸支部 平成11年(家)175号 審判

申立人 ●●児童相談所長 A

事件本人 B

B保護者親権者父 C

B保護者親権者母 D

主文

申立人が事件本人Bを児童養護施設に入所させることを承認する。

理由

1  本件申立ての要旨は、以下のとおりである。

(1)  事件本人B(以下「事件本人」という。)の家庭は、親権者である父C(以下「父」という。)、D(以下「母」という。)及び本人の3人家族であり、平成11年7月から生活保護を受給している。

父母共に知的能力は境界線上と考えられ、事件本人も軽度級の知的障害が認められる。

(2)  父は、事件本人が乳幼児のころから母及び事件本人に対し暴力を繰り返し、母は、父から事件本人を守ることができずに現在に至っており、父母共に監護養育能力に重大な欠陥がある。

(3)  ●●児童相談所(以下、単に「児童相談所」という。)は、警察・学校等の関係機関と連携を図りながら、父母に対し、適切な養育をするよう助言・指導をしてきたところ、父の事件本人に対する直接的な暴力は減少してきてはいるものの、事件本人を自宅から閉め出したり、睡眠させない等の方法による虐待へと変化してきている。

また、本人の能力以上の学習を強制してきた事実(心理的虐待)も明らかとなっている。

(4)  このような状況の下、平成11年10月4日、父が事件本人を利用してその同級生女児を自宅に誘い込ませ、わいせつ行為を繰り返していたとして逮捕され、同日、事件本人につき、安芸警察署から申立人に身柄付で児童通告があり、以後児童相談所において事件本人の一時保護を継続している。

(5)  以上のような環境下において、事件本人を父母に監護・養育させることは、著しく事件本人の福祉を害することになることから、父母に対し、児童養護施設入所の措置について再三同意を求めたが、父母はこれを頑なに拒否している。

(6)  よって、措置の承認を求めるため、本件申立てに及ぶ。

2  一件記録によれば、以下の事実が認められる。

(1)  事件本人の父母は、父の稼働していた寿司店に母が客として出入りしていたことから知り合い、昭和61年11月11日に婚姻届出をし、香川県丸亀市内で生活をしていたが、ほどなく高知県安芸郡○○町に転居した。

そして、父は土本作業員等として稼働し、同○年○月○日、事件本人をもうけた。なお、父母とも知的水準に劣る面がある。

(2)  事件本人は未熟児として出生し、母の育児能力が案じられたため、生後10日目ころから保健婦が家庭訪問して育児指導にあたるなどし、生後59日目ころには、事件本人に鼻からの出血と吐乳があるとの母の主訴を受け、以後保健婦が定期的に関与していたところ、事件本人の発育状態が余り良くないことから、父母の養育能力に不安がもたれていた。そして、事件本人の頬に内出血や青あざが認められるなどしたため、父が事件本人に対する暴力行為が発覚し、保健婦、役場の福祉担当者及び小児科医等が父と関わり、事件本人に暴力を振るわないように約束させたことがあった。また、父は、母に対しても暴力を振ったりしたことから、母が保健婦に助けを求めたり、事件本人と共に婦人相談所に入所したこともあったが、翌日には父に引き取られるなどし、母及び事件本人の保護は難航していた。

(3)  平成2年2月、父母及び事件本人は高知県安芸市に転居した。そして、そのころから、父の事件本人に対する暴力虐待を主訴として、児童相談所に養護相談がなされ、同年7月から10月までの間には、事件本人が○○園ベビーホームに収容されたこともあるが、その後も児童相談所等の助言・指導を受ける中で、父は、事件本人に対し殴ったり、煙草の火を押しつける等の暴行を続けていた。また、事件本人には心身の発育の遅れも見られたことから、父母の養育能力には疑問がもたれていた。

(4)  このような状況のもと、事件本人は、平成7年4月に安芸市立○○○小学校に入学したが、父は、事件本人に対し、その能力以上の学習を強要しては理解できない事件本人を棒で殴る等し、また、仕事が切れると事件本人に辛くあたるなどしていた。そして、平成9年には、母が入院中の約一か月間、児童相談所において事件本人を一時保護したことがあった。

そして、事件本人は、父の顔色を窺いながらの生活を余儀なくされ、学校生活の中でも虚言等が見られるなどしたため、学校関係者も、父母に対し、事件本人の監護について助言・指導を行うとともに、事件本人の知的能力を慮って父母に障害児学級の新設を勧めるなどしていた。しかし、父の了解が得られず、父母及び事件本人に対する指導・監護は難航していたところ、平成11年4月、父の了解を得るに至り、障害児学級を新設し、事件本人の能力に応じた学習指導体勢を整え、事件本人も情緒的に落ち着きつつあった。

(5)  ところが、平成11年10月4日、父が、事件本人を利用して、当時居住していた自宅近くの児童を自宅に呼び寄せ、わいせつ行為を繰り返していたことが発覚したとして逮捕されるとともに、事件本人について、安芸警察署から申立人に対し、父の事件本人に対する虐待及び父の上記事件への事件本人の関与等から、保護者である父母に監護させることは適当でなく、事件本人を児童養護施設に送致することが相当であるとして、児童通告がなされた。

そして、右通告を受けた申立人において、母の同意を得て事件本人の一時保護を行うとともに、父の認識の甘さやこれまでの虐待の経緯等から、父の下で生活させることは不適当であり、母も、父の暴力をおそれて父の行為を制止できずに経過してきていること等の事情を考慮し、事件本人を父母のもとで監護させるのは不適当であるとし、事件本人の福祉のため、早急な施設入所が必要として、本件申立てに至った。

(6)  なお、父は、平成11年12月22日、強制わいせつ罪等により、高知地方裁判所安芸支部において、懲役3年、4年間刑執行猶予、保護観察付の判決を受けて帰宅し、母と、生活保護を受けながら肩書住所地で生活している。

また、事件本人は、児童相談所に一時保護されたのち、平成11年11月8日から養護施設である○○××園に一時保護委託されて同所で生活しており、同年12月11日、同園を無断外出して母に電話をしたことがあったものの、その後は同様の行為はなく、同園で落ち着いて生活しつつあり、学校生活も安定しつつある。

そして、父母共に、事件本人との同居生活を強く望んでいるが、事件本人としては、母との生活は望んではいるものの、父を恐れており、父との生活は望んでいない状況にある。

2  以上のように、事件本人に対する父の暴力行為は事件本人の生後間もないころから継続され、保健婦を始め福祉機関等の父母に対する監護養育の指導もそのころからなされている。しかも、その後も児童相談所及び学校関係者等の継続した根気強い助言指導がなされてきているなかで、父の事件本人に対する直接的な暴力自体は減少してきたものの、なお、事件本人を自宅から閉め出すなど、事件本人の心身に対する虐待が継続されているし、障害児学級が設置され、事件本人の情緒も安定しつつあった中で、父は、事件本人に与える有形無形の影響に思い至らず、自己の犯罪行為に事件本人を利用するなどしている。

そして、父母には、事件本人に対する一定の愛情は認められるものの、能力的な制約もあって、事件本人に対する監護指導は場当たり的、感情的なものに終始し、殊に父は、自制心に欠ける性格を有し、事件本人に対する適切な監護養育ができていない状況にあり、母は、このような父の事件本人に対する自制心に欠ける行動を制止できずに経過してきている。

3  そうすると、現在では父母がこれまでの監護養育状況を省みて今後は適切な監護に努める意向を有しているとしても、事件本人の生後間もないころから関係機関の助言指導を受けていながら、父の事件本人に対する虐待や精神的圧迫は必ずしも改善されず、母も父の事件本人に対する過酷な処遇に対する有効な手だてを持たずに経過してきていること及び父母の知的能力並びに感情の抑制が困難な父の性格等上記認定の諸事実に照らすと、父母に、事件本人に対する具体的状況に応じた適切な監護養育を期待し難い。また、事件本人は、母には親和し、母の下で生活したいとの希望を有しているものの、母が今後も父と同居して生活することが見込まれる現状においては、事件本人を母の下に戻すことは、その意に添わない父とも同居も余儀なくされる結果となり、今後の事件本人に対する心身に対する影響も看過し得ない。

これに、事件本人が、○○××園で情緒的に安定しつつ、学校生活を送りつつある現状を合わせ考慮すると、この際、事件本人を児童福祉施設に入所させ、情緒的に安定した状況の下で生活することがその福祉に叶うというべきであると思料する。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 柴田厚司)

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